カルマの法則、因果応報の法則とは?わかりやすく説明します

「あなたはカルマを背負っている」というような言葉を聞いたことがありませんか?

「カルマの法則」や「因果応報の法則」は、スピリチュアルの用語として使われているのですが、実はそんなに摩訶不思議なものではありません。

今回は、カルマというものを現実世界に当てはめながら、わかりやすく書いてみたいと思います。

カルマの法則(因果応報の法則)とは

カルマの法則とは、「結果には必ずその原因がある」という古くからの仏教の考え方です。

因果応報の法則とは、「良いおこないをすれば、良い事が返ってきて、悪いおこないをすれば、悪いことが返ってくる」という、これも古くからの仏教の考え方です。

2つと非常に近い考え方で、スピリチュアルの世界ではカルマの法則と因果応報の法則は、同一のものだと捉えられています。

 

これらの法則が嘘だと言われる理由

ちまたでは、「カルマの法則は嘘」「本当は因果応報なんてない」と言われています。

それは、「良いおこないをすれば良い事が自分に返ってくる」ということに対して、良いことが返ってこず、それを信じられない人が言っているのかもしれません。

それはそうでしょう。

良いことをしても、良いことが返ってくる可能性はとても低いのですから。

だから、カルマの法則は嘘だと思われる人も多いのかもしれません。

 

「嘘だ」ということは本当という証明になっていた

「良いことをしていれば、良いことが返ってくる」と思って良いことをするのは、「良いことが返ってくる」という期待によって行動をおこしています。

ですが、期待をすればするほど、期待を裏切られる結果が待っています。

なぜならば、期待とは、不足感の現れだからです。

なので、期待が強くなればなるほど、その不足感は現実化します。

だから、期待を裏切られるという結果が出てくるんですね。

 

だから、「きっと良いことが返ってくるはず」と思って良い事をすればするほど、良いことは返って来ないという現実を引き寄せます。

つまりこれは、自業自得とも言えますし、自分がやったことが返ってくる因果応報とも言えますし、結果には必ず原因があるというカルマの法則でもあります。

 

恋愛の悩みにありがちなパターン

恋愛の場面でも、因果応報の法則やカルマの法則は発動しています。

恋愛といえば恋。

恋は自分本位なものですよね。

自分本位だからこそ、人が恋に落ちると抱きがちな感情は、

  • 独占欲
  • 嫉妬心
  • 相手が自分の思い通りになって欲しいという思い

など、負の感情がほどんどです。

ですが、この感情も満たされていない状態(欠乏感)です。

その自分本位な欠乏感を優先しているからこそ、

  • 「好きな相手が自分だけのものになってくれない…」
  • 「好きな相手が他の女性と関わるのが嫌だ…」
  • 「好きな相手が私の気持ちをわかってくれない…」

という恋愛の悩みが現実化してきます。

これも、自分が望んだ欠乏感が実現化しているので、自業自得であり、因果応報、カルマの法則とも言えます。

 

精神病もカルマの法則?実際のエピーソード

精神病にも、必ずそうなってしまう原因があります。

僕はお医者さんではないので、治し方については専門的なことは言えません。

ですが、鬱だった受講生や、精神的に病みがちだった受講生に対して僕がその原因を見つける手助けをして何かをクリアになった時に、実際に精神病が治ったのを間近で見てきました。

 

僕はペンジュラムセミナーエネルギーワークセミナーの中で、エネルギー(波動)の側面で見て、解決策を打つことをずっとやってきました。

波動が原因で、精神的になってしまうのは、

  • 憑依
  • コードを刺されている
  • トレース体質
  • 現在生きている人からの念
  • 過去生から続くもの
  • 先祖系から続くもの

など、それらが原因でネガティブなエネルギーの影響を受けてしまっていることが多々ありました。

そして、その原因の解決策を見つけ、その人の心の状態を変化させつつ、現実を動かして行った結果、波動が変わり改善していきました。

 

もし、上記のどれかが原因でネガティブなエネルギーの影響を受けてしまっている場合は、自分自身の無意識レベルのどこかがそれを許可しているのです。

なので、それを許可しない波動の状態にすることで、結果が変わります。

何かが原因で精神的になることもカルマの法則であれば、精神病が治るための原因を作りだすことができれば、精神病が改善するという結果が生まれるのです。

自業自得、因果応報、カルマの法則は、今よりも良くなるための原因を作り出すことで、良い方向にも転換します。

 

悪口を言うとカルマを背負うの?

これも、よくある話なのですが、「人の悪口ばかり言っていると、カルマを背負う」ということが言われています。

これも、カルマというスピリチュアル的な用語で使われるので、その原理原則が見えてこないだけなのです。

 

ただ単に人の悪口ばかり言う人を見て、あなたはどう感じますか?

「もしかしたら、自分のいないところで自分の悪口を言われてるかも?」と感じる人もいれば、「もっと楽しい話しようよ」と感じる人もいるかもしれません。

でも、悪口を言っている本人は、周りがそういうふうに思っていることに気づきません。

つまり、悪口を言いたい人は、その悪口を聞いている眼の前の人の立場に立てておらず、自分の欲求だけを優先させています。

人に欲求ばかり押し付けてくる人といて楽しくないのは、当たり前ですよね?

だから、人が離れていくんです。

そして、「なぜみんな私の気持ちを理解してくれないんだろう。私は間違っていないのに。」という悩みまで出てきます。

この流れは、「悪口を言った人にカルマが返った」ということではなく、ただ単に当たり前のことが起きただけなのです。

 

ものごとが現実化する前には必ずその流れがある

「カルマの法則」や「因果応報の法則」というスピリチュアル的で神秘的なものとしてとらえているかもしれませんが、この現実世界に生きているのであれば、当たり前にあること、ごく普通のことです。

なぜならば「ものごとが現実化するのであれば、その前からその流れが作られていた」ということがあるからです。

その流れを

  1. 自分が作ったのか
  2. 他人が作ったのか
  3. 両方が作ったのか

それだけの話です。

 

他人が作った流れであれば、その流れにいち早く気づいて、手を打ち、別の流れを作ることで、結果は大きく変わってきます。

ですが、ほとんどの人は流れなど気づくことなく、「その流れを回避できない自分がまねいた結果だ」ということにも気づきません。

理解が及ばないから、「カルマの法則」や「因果応報の法則」というスピリチュアル的なものとしてとらえているのかもしれませんね。

 

まとめ

もちろん、カルマの法則や因果応報の法則を、スピリチュアル的にしか見れなくても大丈夫です。

ただし、自分が巻いた種に対しての結果を受け止める覚悟が必要です。

  • 自分が他人の悪口を言ったのであれば、いつか誰かから自分の悪口を言われても文句は言わない。
  • 自分が誰かを殴ったのであれば、いつか誰かから殴られても文句は言わない。
  • 人に対して何か大きな価値を提供できたのであれば、いつか自分も誰かから大きな価値を提供されても文句は言わない。
  • 人が救われるようなことをしてきたのであれば、自分も誰かから救われても文句は言わない。

そんな覚悟です。

 

どんな種を巻きますか?

どんな流れを作りたいですか?

それをしっかり考えて、出た結果に対して受け止める覚悟をすれば、カルマの法則や因果応報の法則は、決して怖いものではありませんよ^^

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