氏名:小濱 新(おばま あらた)
生年月日:1979年12月25日
性別:男性
株式会社エネルギーワーク研究所 代表取締役社長
この塾を始めるまでの流れ
小さい頃から、何か目に見えない意識、目には見えないエネルギーが存在し、それを感覚で感じていたことを覚えています。
ですが、目には見えないため「気のせいだ」と思って過ごしてきました。
そして高校、大学と進み、大学生の頃から30歳頃まで売れないミュージシャンをしていました。
バイトをしながらの活動でしたが、借金もしていました。
その借金が400万円ほどまで膨らんだところで、ミュージシャンを止めざるを得なくなり、借金を返済するために、アフィリエイトというウェブ広告の個人事業主を始めました。
そのウェブ広告で、借金を完済し会社を設立したりもしました。
ですが、会社を立ち上げてまもなく2年立たずに解散をしてしまいました。
それが、34~35歳くらいでしょうか。
その時に、初めて「運気」というものが関係していることに気づきました。
「運気って何だろう?」
「運気を自分でコントロールすることってできないんだろうか?」
そういう思いがあり、スピリチュアルの能力をつけるために訓練を初めました。
ペンジュラム、エネルギーワーク、レイキなどを習い、訓練会にも参加してスピリチュアルリーディングの訓練などもおこない、目には見えないスピリチュアルというものを研究しました。
そして、37歳の時に、満を持して、パワーストーン販売とスピリチュアルスクールの事業を「ヒマラヤ水晶Messenger」としてスタートしました。
売上も順調に伸び、39歳の時に「株式会社エネルギーワーク研究所」として法人成りしました。
ですが、スピリチュアルを教える先生の立場として、受講生たちのさまざまな変化を見ていると、色々考えさせられることもたくさんありました。
人には、心が弱い人と、心が鍛えられて強くなっていく人がいます。
心が弱いままの人がスピリチュアルの能力だけを身につけてしまうと、スピリチュアルの扱い方が非常に危険だということも身にしみて体感してきました。
「人間は、心のレベルによって教えても良いことと、教えてはダメなことがあるのだな」と感じ、一度スピリチュアルスクールの入り口を閉じました。
※スクールの入り口を閉じ、今は定期訓練会に僕は参加していませんが、信頼ある受講生に運営を任せています。
スピリチュアルスクールの入り口を閉じたあとは、「スーパーストーン・プラチナヒルズ店」というパワーストーンショップを白金台にオープンしました。
白金台駅のホームに看板を出してみたりもしました↓
そして「いつか行ってみたい」と思っていたネパールのガネーシュヒマールの麓の村「Tipling」にも行ってきました。
ネパール滞在はたった6日間だったのですが、何度も何度も奇跡が起きました。
そして、どの卸業者も通さずに、直で仕入れられるコネクションを作ることができ、世界一浄化力が高い水晶を取り扱って、ミネラルショーなどに出展しています。
スピリチュアルスクールの入り口を閉じてからは、ほとんど水晶のお仕事をメインとしていました。
ですが、この波動研究塾を立ち上げる数ヶ月前くらいから「また違う形でスピリチュアルスクールをやった方が良い気がする」という直感が働き、この波動研究塾を立ち上げる経緯となりました。
以前のスピリチュアルスクールは、見えない世界にフォーカスをして、スピリチュアルリーディングやエネルギーワークなどを訓練していくスタンスでした。
ですが、今回の波動研究塾は、たくさんあるスピリチュアルの技術をギュッと絞り、必要最低限の能力だけを突出させることで、現実化しそうな匂いを感じ取って事前に備えたり、現実化するまでの流れを作ることができたり、そんな奇跡が実現化するようなスピリチュアルの能力を培っていける場所にできたらいいなと思います。