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迷路で迷っていた自分を出口まで導いてくれた存在に、自分もなる

僕がお客様の相談に乗っている時、お客様が

 

お客様

どうして感情を優先させるとダメなんですか?!

どうしても、ムカつく時はムカつくし、やり返したくなる時はやり返したくなるじゃないですか。

 

という質問を頂く事があります。

その時に、僕がよく例える例として、

 

おばま

迷路の中で出口を見つけられなくて迷っている時は、迷路の構造を把握していて、迷路の出口までたどり着ける方法を知っている人に導いてもらった方が良いですよね?

でも、人間界の人は、どうしても出口の方ではなく、美味しそうな匂いのする方へ向かってしまうんです。

 

という例え話をします。

人間は、感情というごちそうを味わいたい生き物です。

なので、迷路の出口に行きつくよりも、迷路の中で迷って迷って、たくさんの感情を味わう事がゴールに設定されている場合があります。

その人の表層意識が例え「私はこんなに苦しい感情は味わいたくはないです」と言ったとしても、人間界のごちそうである感情を優先させている限り、出口には辿りつく事ができません。

そのため、迷路の構造を把握している存在が「出口はこっちだよ」という導きのメッセージを言ってくれていたとしても、美味しそうなごちそうに目がくらんでしまい、メッセージを受け取る事ができないんですね。

 

ですが、人によっては「もうたくさん感情はあじわったし、もうそんなに食べたいと思わない」と思える時が来る人もいます。

感情というごちそうに対しての執着が無くなった人は、迷路の出口へ導く存在からのメッセージに気付き、それに従ってみるというチャレンジをします。

そして、迷路から脱出したあと、「僕も迷路で迷っている人を脱出するお手伝いがしたい」と思った人は、迷路の上から迷路の全容を見る事ができる存在に近づこうとします。

 

自分が迷路から助け出された時、すごくありがたかった。

人の役に立つ仕事をするのであれば、こんな仕事がしたい。

心の底からそう思えた時に、迷路に迷っていた自分から、迷路の全容を把握し迷っている人を助け出せる人に進化していくのだと思います。

そして、迷路で迷っている人を出口に導けるようになった時、迷路で迷える人の事を過去の自分に対して助言をするような感覚で接する事ができるのかもしれません。

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